杭基礎(くいきそ)とは?
軟弱地盤でも建物を安全に支える、地中の柱
【超解説】とても簡単に言うと何か?
地面の表面が柔らかくて建物を支えられない場合に、地中深くの固い地盤(支持層)まで「杭」を打ち込んで、建物を支える基礎工法です。
例えるなら、柔らかい砂浜に棒を深く刺して、その上にテーブルを載せるようなイメージです。
マンション、ビル、橋、高速道路など、大型構造物には欠かせない基礎技術です。
1. 基本概要
直接基礎と杭基礎
建物の基礎は大きく2種類に分けられます。
- 直接基礎(べた基礎・布基礎): 地盤が十分に固い場合、基礎のコンクリートを地面の浅い位置に直接載せる方法。戸建住宅はほとんどがこのタイプ
- 杭基礎: 地盤が軟弱な場合、地中の深い位置にある固い地盤(支持層)まで杭を打ち込み、その杭で建物を支える方法。中高層ビル・マンションはほぼ杭基礎
なぜ必要なのか
東京の湾岸エリア、大阪の梅田、名古屋の駅周辺など、日本の都市部の多くは沖積層(河川が運んだ柔らかい土砂の層)の上に立地しています。
この軟弱地盤に直接基礎でビルを建てると、建物の重さで地盤が沈下(不同沈下)し、建物が傾いたり壊れたりします。
杭基礎は、10m〜50m以上の深さにある硬い地盤(支持層:N値50以上の砂礫層や岩盤)まで杭を到達させることで、軟弱な表層地盤に関わらず建物を安全に支えます。
2. 支持メカニズム
支持杭(しじぐい)
杭の先端を硬い支持層に到達させ、主に先端の支持力(先端支持力)で建物の重さを支えるタイプです。
支持層が明確に存在する地盤(N値50以上の砂礫層や岩盤)に適しています。
日本のビル・マンションの杭基礎のほとんどがこのタイプです。
摩擦杭(まさつぐい)
支持層が非常に深い(または存在しない)場合、杭の側面と周囲の地盤との間の摩擦力(周面摩擦力)で建物を支えるタイプです。
軟弱な粘土層が深くまで続くような地盤で採用されます。多数の杭を密に配置して、摩擦力の合計で必要な支持力を確保します。
3. 杭の種類
既製杭(工場で作った杭を現場で打ち込む)
- PHC杭(プレストレストコンクリート杭): 工場でプレストレス(圧縮力)を導入して製造される高強度コンクリート杭。直径300〜1,200mm。最も多く使用される既製杭です。
- SC杭(鋼管巻きコンクリート杭): コンクリート杭の外周を鋼管で巻いた杭。曲げ強度と靭性に優れ、地震時の水平力への抵抗力が高い。
- 鋼管杭: 鋼管そのものを杭として使用。大口径(600〜2,500mm)で大きな支持力を確保でき、超高層ビルや橋梁に採用されます。先端に拡底翼を溶接して支持力を高めたタイプもあります。
- H形鋼杭: H形鋼を杭として打ち込む。打ち込みが容易で仮設工事(山留め)にも使用。永久構造物の本設杭としても使われます。
場所打ち杭(現場で穴を掘り、コンクリートを流して杭を作る)
- アースドリル工法: ドリル(オーガー)で地中を掘削し、鉄筋かごを挿入してコンクリートを打設する工法。大口径(800〜3,000mm)の杭を構築でき、超高層ビルの基礎に広く採用。低騒音・低振動が特徴。
- オールケーシング工法: 鋼製のケーシング(筒)を地中に押し込みながら内部を掘削し、鉄筋かごを挿入してコンクリートを打設する工法。地下水位が高い場所や崩壊しやすい地盤に適しています。
- リバースサーキュレーション工法: 掘削孔に水を満たし、水圧で孔壁の崩壊を防ぎながら掘削する工法。大深度の杭に適しています。
4. 施工方法
既製杭の施工
- 打撃工法(打ち込み杭): ディーゼルハンマーや油圧ハンマーで杭を地中に打ち込む。最も歴史のある工法だが、騒音・振動が大きく都市部では使用が制限される
- プレボーリング工法: 先にオーガーで穴を掘り、セメントミルクを注入した後に杭を挿入する。低騒音・低振動で都市部での施工に適しており、現在の主流
- 中掘り工法: 杭の中空部にオーガーを通して掘削しながら杭を沈設する工法。地中の障害物の回避が容易
- 回転貫入工法(鋼管杭): 杭の先端に螺旋状の翼を取り付け、回転させながら地中にねじ込む。無排土で施工でき環境負荷が低い
場所打ち杭の施工
①掘削→②孔壁の安定処理(安定液やケーシング)→③スライム処理(掘削くずの除去)→④鉄筋かごの建て込み→⑤トレミー管によるコンクリートの打設→⑥養生、の流れで施工されます。
特に③のスライム処理は杭の支持力に直結する重要な工程で、1次スライム処理(掘削時)と2次スライム処理(コンクリート打設直前)を確実に行う必要があります。
5. コスト・価格の目安
おおよその相場
- PHC杭(φ400mm・長さ15m): 1本あたり約30〜50万円(材工共)
- 鋼管杭(φ600mm・長さ20m): 1本あたり約80〜150万円
- 場所打ち杭(φ1,000mm・長さ25m): 1本あたり約200〜400万円
目安: 10階建てマンション(杭30本程度)の杭工事で約2,000〜5,000万円程度
6. 地盤調査と注意点
ボーリング調査(地盤調査)
杭基礎の設計には、事前のボーリング調査(標準貫入試験)が必須です。
地中のどの深さにどんな土質の地盤があるか、支持層のN値(硬さの指標)と深度を確認し、杭の長さと径を決定します。
建築基準法では、杭基礎を採用する場合は少なくとも建物敷地の四隅付近で地盤調査を行うことが求められます。
2015年に発覚した横浜市のマンション傾斜問題では、70本以上の杭のうち複数本が支持層に到達していないことが判明しました。
施工データの改ざんも行われており、マンションは建て替えに至りました。
この事件を契機に、杭施工時の施工記録(電流値・掘削速度等のデータ記録)の保存義務が厳格化されています。
支持層は水平であるとは限りません。特に丘陵地や旧河道の近くでは、支持層が傾斜していたり、深さが急変することがあります。ボーリング調査の本数が少ないと傾斜を見落とし、一部の杭が支持層に到達しないリスクがあります。杭の長さにバラつきが大きい場合は追加のボーリング調査を行ってください。
7. 多角的なQ&A
マンションを購入する際に杭基礎の確認ポイントは?
①杭の種類(PHC杭・鋼管杭・場所打ち杭)、②杭の長さと直径、③支持層のN値と深度、④杭の本数と配置、が記載された「構造設計図書」をマンション販売会社に請求して確認してください。また、杭施工完了時の「施工報告書」が保管されているかも重要です。
杭基礎のマンションと直接基礎のマンション、どちらが安全ですか?
一概には言えません。直接基礎のマンションは「杭が不要なほど地盤が良い」場所に建っていることを意味し、地盤の良さ自体が安全の証拠です。杭基礎のマンションは「地盤が軟弱だが、杭で安全性を確保している」状態です。どちらも構造計算に基づいて安全が確認されていれば問題ありません。
杭基礎の建物は地震に強いですか?
杭基礎は軟弱地盤に建つ建物を支持するものであり、地震に対する「免震」や「制震」の機能はありません。ただし、杭が支持層にしっかり到達していれば、地震時の地盤の液状化による建物の沈下・傾斜を防ぐ効果があります。液状化が懸念される地域では杭基礎が特に重要です。
戸建住宅にも杭基礎は必要ですか?
地盤調査(スウェーデン式サウンディング試験等)の結果、地盤の支持力が不足する場合は杭(または地盤改良)が必要になります。戸建住宅では、大型の杭ではなく「鋼管杭(小口径)」や「柱状改良(セメント柱)」で対応することが一般的です。費用は約50〜150万円程度です。
杭を打つ工事はうるさいですか?
かつての打撃工法(ディーゼルハンマー)は非常にうるさく振動も大きかったですが、現在主流のプレボーリング工法や回転貫入工法は低騒音・低振動です。ただし、大型重機の走行音やコンクリートミキサー車の出入りなどの工事音は発生します。
杭の支持力の算定方法は?
杭の許容支持力は、先端支持力(Rp)+周面摩擦力(Rf)で算定します。先端支持力はN値と杭先端面積から、周面摩擦力は各層のN値と杭の周面積から算出します。安全率は通常3(長期許容支持力)を使用します。建築基準法施行令第94条および告示に基づく計算が求められます。
場所打ち杭のスライム処理の重要性と方法は?
スライム(掘削で生じた土砂の沈殿物)が杭の先端に残ると、先端支持力が大幅に低下します。1次スライム処理は掘削完了時にバケットで行い、2次スライム処理はコンクリート打設直前にエアリフトやサクションポンプで行います。スライム厚は5cm以下にすることが求められます。
負の摩擦力(ネガティブフリクション)とは?
盛土や地盤沈下が進行中の地盤では、杭の周囲の地盤が杭よりも速く沈下するため、地盤が杭を下向きに引っ張る力(負の摩擦力)が発生します。これにより杭の軸力が増大し、支持力が不足する場合があります。圧密沈下が想定される地盤では、負の摩擦力を考慮した設計が必要です。
杭の水平抵抗力の計算はなぜ重要ですか?
地震時には建物に水平力(地震力)が作用し、その力は杭を通じて地盤に伝えられます。杭の水平抵抗力が不足すると杭が折れたり、過大な変位が生じて建物が損傷します。Chang式や弾性支承梁理論に基づく水平抵抗力の計算が必要で、特に杭頭部の曲げモーメントが重要な設計ポイントです。
既製杭の継ぎ手(接合部)の信頼性は?
長い杭は工場で製作できる長さ(通常15m程度)の制約があるため、現場で継ぎ手を接合して使用します。溶接継手、機械式継手(ねじ込み式・バンド式)、プレート溶接継手があり、いずれもJIS規格で品質基準が定められています。溶接の品質管理(超音波探傷検査等)が重要です。
杭基礎の建物を解体する際、杭は撤去しますか?
杭の撤去は非常にコストがかかるため、通常は撤去せずに地中に残置します(杭頭を地表面から1m程度の深さで切断)。ただし、跡地に新しい建物を建てる場合、旧杭と新杭の干渉を避ける配置計画が必要です。法的には、残置した杭が地下埋設物として土壌汚染対策法の対象になる場合があります。
建物が傾いているように見えます。杭の問題ですか?
建物の傾き(不同沈下)の原因は、①杭の支持層未到達、②杭の支持力不足、③地盤の液状化、④片側の荷重偏り、など多岐にわたります。まず測量(傾斜測定)で傾きの程度を客観的に測定し、構造の専門家(建築構造士)に調査を依頼してください。傾き6/1000以上は要注意です。
液状化が心配です。杭基礎で防げますか?
杭基礎は液状化した地盤を貫通して支持層に支持されているため、建物の沈下・傾斜を防ぐ効果があります。ただし、液状化により杭の周面摩擦力が消失するため、その分を先端支持力で補う設計が必要です。また、液状化による側方流動力が杭に作用する場合の水平力も考慮が必要です。
杭工事の施工記録は保管されていますか?
2015年の横浜マンション問題以降、施工記録(杭の打設深度、回転トルク・電流値のデータチャート、セメントミルクの注入量等)の保管義務が厳格化されています。建物の確認済証・検査済証とともに、杭施工報告書が保管されているか確認してください。保管がない場合は、杭の健全性を非破壊検査(弾性波法等)で確認する方法もあります。
杭基礎の建物に地盤沈下の影響はありますか?
杭基礎の建物自体は支持層に支持されているため、周辺の地盤沈下の影響を受けにくいです。ただし、建物の周囲の地盤だけが沈下する「抜け上がり」現象が発生し、建物と地面の間に段差が生じることがあります。この場合、配管の損傷やエントランスの段差といった二次的な問題が発生します。